労働時間削減のための全社による「業務の効率化」を推進(事例編)/溝上憲文氏

From: 働き方改革ラボ

2020年03月19日 07:00

この記事に書いてあること

いよいよ2020年4月に迫った中小企業の時間外労働の上限規制。あなたの会社はもう準備できていますか?実は施行が目前に迫った今でも対策に悩んでいる企業は少なくありません。人事問題の著書を多数執筆してきた人事ジャーナリスト溝上憲文氏が、労働時間削減に向けた中小企業の取り組み事例を紹介する連載企画、『目前に迫った中小企業の「時間外労働の上限規制」~労働時間削減をいかに進めるか~』

連載第4回は、労働時間削減に不可欠な業務効率化の方法について多岐に渡ってご紹介します。

労働時間の削減の最終目的は、社員が生き生きと働くことで生産性の向上を目指すことにあります。そのためには時間管理の適正化だけではなく、業務の見直しによる効率化も全社を挙げて取り組む必要があります。自社に合った仕組みを構築するための参考事例を紹介します。

モチベーションを高めるために減少した残業代を社員に還元

残業時間を削減するには、具体的な制度と並行して社員の意識改革を含めて部署ごとの労働時間を洗い出し、業務量や業務プロセスを個別に検証しながら解決する取り組みが必要です。業務量が変わらないのに残業時間を削るだけでは生産性は上がらないばかりか、コミュニケーション不足によるモチベーションの低下も発生します。

また、一口に業務効率化といっても会社の業態や部門ごとにやり方は異なります。社員の意欲を引き出し、創造性をかきたてるような生産性の高い働き方をいかにつくりだしていけるかが重要です。

社員のモチベーションを維持しつつ、業務の見直しを推進し、着実な成果を上げているのがシステム開発やITインフラの構築を手がけるSCSK株式会社です。厚生労働省の「第一回働きやすく生産性の高い企業」の最優秀賞も受賞しています。

同社は2012年に経営トップ主導で残業時間半減を宣言。残業時間の削減や年休取得推進の活動をスタートしました。働き方の見直しでは2013年度から「スマートワーク・チャレンジ20(スマチャレ20)」を実施。「より効率的(スマート)に働き(ワーク)、目標(有給休暇20日取得、月間平均残業20時間未満)に挑戦する(チャレンジ)」という意味です。

重要なポイントは、減少した残業代を全額社員に還元(10億円)し、所得減を心配することなく業務の見直しに取り組めるようにしたことです。具体的には残業の有無に関係なく毎月20時間分を支給し、加えて残業削減・休暇取得の目標を達成した際に支給するインセンティブ(特別ボーナス)も設けました。

その結果、平均残業時間が20時間を下回ったことを契機に2015年度からは達成インセンティブなどを廃止。新たに残業の有無に関係なく全体の平均残業時間を目安に新入社員から一律に月次手当として支給することにしました。残業しなくても得した気分になり、残業時間を抑えようという意識が醸成されたそうです。

こうした取り組みの結果、2012年度に26時間だった平均残業時間は17年度に16時間に減少、有給休暇取得率も78%から96%に大幅に改善しました。

経営トップ自ら手紙を書き、顧客の理解と協力を得る

一方、業務の見直しという面では、全社で開発標準プロセスを構築しました。従来のシステム開発では顧客からやり直しを命じられ「手戻り」が発生すると、長時間労働や追加コストによる収益率の低下を招いていました。それを防ぐために開発プロセスを標準化し、その運用を徹底することで手戻りを少なくすることが可能になりました。

また、各部署の業務の見直しでは全社で画一的な対策を押しつけることなく部課長がリーダーシップを発揮し、メンバーと工夫しながら自主的な改善に取り組みました。

しかし、業務の見直しが進んでも顧客の意向で所定時間外でも出向くこともある業界です。特筆すべきは経営トップ自ら顧客に手紙を書き、働き方改革に全社で取り組んでいることを説明し、理解を求める活動を丁寧に行ったことです。

同社の人事担当者は「経営トップがその考え方をマネジメント層、一般社員とその家族、顧客などあらゆるステークホルダーに対していろんな形で理解を得るように努めました。特に顧客に対しては熱心な説明活動を展開し、賛同を得るようにしました。従業員の家族向けにも会社の考え方や取り組み内容を発信し、家族の協力と理解を得るようにしました」と言います。

現場スタッフの意見を取り入れた業務改善を実現

業務の見直しや生産性を向上するにはボトムアップによる提案を取り入れることも大切です。全社的な生産性向上の取り組みとしてよく知られているのが無印良品ブランドで知られる株式会社良品計画です。

その1つが店舗業務を標準化した「ムジグラム」と商品開発や情報システムなど部門ごとの「業務基準書」というマニュアル。そこには経営から商品開発、売場のディスプレイや接客までのすべての仕事のノウハウが書かれています。

最大の特徴は、現場で働くスタッフたちが改善点や問題点について「こうしたほうがいいのに」と感じたことが日々集積され、マニュアルは毎月更新されることです。上司が気づかない現場の提案を取り入れることでスタッフの前向きな取り組みが期待できます。

締め切りの”見える化”と業務の進捗状況を全員が共有

さらに同社が効率化の一つとして重視しているのが締め切り(デッドライン)の遵守です。しかし締め切りは、設定した上司が忘れてしまいがちです。そのため2つの仕組みで業務のデッドラインを“見える化”しています。

1つがデッドラインボード。部門長が部下に仕事の指示をすると、デッドラインボードに担当者と指示の内容、締め切りなどを書き込みます。ボードは部門単位で管理し、部門長のデスクの近くに置かれ、その仕事の締め切りが守られると○、守れなければ×をつけます。これによって部下の仕事の進捗状況が把握できます。

もう1つが社内ネットワークのDINAというシステムです。締め切り、指示、連絡、議事録の英語の頭文字を取ったもので、パソコン上で全部門の業務の指示や連絡事項が把握・共有できます。

例えば会議を通じてある部署に指示が出ると、指示の具体的内容がDINAに表示され、いつまでに実施するかを入力します。さらにその内容を部署全体で把握できているかもチェックされます。閲覧していない部員がいれば、その部員の画面が×になり、上司は改めて指示を出します。締め切りまで仕事が完了したかどうかをチェックできるとともに、完了しない場合は指示内容や期日を見直し、再度締め切りを設定することが可能になります。

同社ではこのデッドライン設定の仕組みと見える化によって全員で情報を共有したことで上司自身も指示した仕事の内容を忘れなくなるなど生産性向上に貢献しているそうです。

会議のテーマ、参加者、時間を明確化し、活性化を促す仕組み

業務の見直しでは会議の効率化も重要です。とくに近年では在宅勤務、フレックスタイム、フリーアドレス制など柔軟な働き方を導入する企業が増え、職場の全員が揃って会議を行うことが難しくなっています。発言者が少ないのに全員参加を必須とする定例会議などを見直し、会議の目的に沿って必要な参加者を絞るなど、効率的な運営が求められています。

例えばあるIT企業では目的不明な定例会議を廃止し、必要に応じて参加者を招集しています。招集者は会議に先立ち、議題や資料を参加者にメールで送ります。それによって参加者が事前に自分の考えや意見をまとめることができ、中身の濃い議論ができるからです。しかも会議の時間も限定し、30分単位を基本に会議の始まりと終わりの時間を明示します。

仮に会議時間を1時間と設定すると、参加者から「そんなに時間をかける必要があるのか」「自分は必要ないのではないか」と事前に問いあわせがあり、自分にとって必要でないと思う人は出席しない場合もあるそうです。そのため本当に必要な会議なのかどうかを考え、会議に不可欠な人選が求められることになります。

会議の効率化ではユニークな取り組みをしている企業もあります。あるゲームメーカーでは会議室を予約する際に、システムに会議の議題、参加者、会議時間などを入力します。すると全参加者の時間給に基づく人件費が算出され、例えば1時間半の会議であれば、それに応じた全体のコストが表示されます。これによって単に会議に参加しているだけで発言しない人を減らし、会議を有意義なものにしようと意識させることを狙ったものです。

単に会議を減らすことが生産性と効率性を高めるわけではありません。会議の目的と意義、必要性を検証し、活性化を促していく必要があります。

原点に立ち戻り、問題点を検証し、地道に取り組む

労働時間の削減は、適正な時間管理の仕組みの構築と業務の効率化による生産性の向上という両輪が機能することで初めて成果が生まれます。そのためには全社一丸となって自社の風土や業態に合った仕組みを実行し、定期的に取り組みの成果を検証しながら地道にコツコツと継続していくことが何より重要なのです。

これまで4回にわたって中小企業の長時間労働是正に向け、事例を含めた対策を紹介しました。4月の施行が目前に迫る中で、すでに対策を完了した企業もあれば、模索中の企業もあるかと思います。

対策を完了した企業でも急に人手不足に見舞われたり、短納期の発注を受けたりするなど不安要素もあります。ましてや対策を模索している企業の中には、4月に間に合わないかもしれないという不安を抱えている企業もあるかもしれません。

しかし決して諦めてはいけません。原点に立ち戻り、自社のどの部分に問題があるのかを検証し、実現できるまで根気よく改善していくことが大事です。もし、解決策が見つからない場合は都道府県労働局働き方改革推進支援センターに相談してみてください。日本商工会議所と厚生労働省は2019年4月に「働き方改革の推進に向けた連携協定」を結んでおり、働き方改革の支援を行っています。

あるいは何かあれば、最寄りの労働基準監督署に相談してみるのもよいかもしれません。「当社では労働時間削減に向けてこんな取り組みをしています」と、努力している姿勢を見せることで、法令遵守に対する理解と協力を得られる可能性もあります。

施行が近いからと、決して焦ることなく、自社の状況に応じた取り組みを一歩ずつ前に進めていくことをお勧めします。

第三回 長時間残業社員の一掃とメリハリの効いた残業削減手法(事例編)

記事執筆

溝上憲文(みぞうえ のりふみ)

1958年鹿児島県生まれ。人事ジャーナリスト。明治大学政治経済学部卒。月刊誌、週刊誌記者などを経て独立。人事、雇用、賃金、年金問題を中心テーマに執筆。
『非情の常時リストラ』(文春新書)で2013年度日本労働ペンクラブ賞受賞。主な著書に『隣りの成果主義』『超・学歴社会』(以上、光文社)、『マタニティハラスメント』(宝島社新書)、『人事部はここを見ている!』『人事 評価の裏ルール』(以上、プレジデント社)など。

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