目前に迫った中小企業の「時間外労働の上限規制」 ~労働時間削減をいかに進めるか~/溝上憲文氏

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いよいよ2020年4月に迫った中小企業の時間外労働の上限規制。あなたの会社はもう準備できていますか?
実は施行が目前に迫った今でも対策に悩んでいる企業は少なくありません。人事問題の著書を多数執筆してきた人事ジャーナリスト溝上憲文氏が、労働時間削減に向けた、中小企業の取り組み事例を紹介する連載企画。
連載第1回は、あらためて法改正によりどのような罰則が規定されるのかや、中小企業ならではの課題について考えていきます。

第1回 時間外労働の上限規制とは何か~法的リスクと取り組みの課題

大企業に続いて中小企業(従業員300人未満)の「罰則付き時間外労働の上限規制」の2020年4月1日の施行まで4ヶ月に迫りました。しかし、準備が進まず対策に悩んでいる企業も少なくありません。法律に違反すると企業の存続にも影響を与えかねないリスクもあり、全社一体となった改革が求められています。

4割弱の中小企業が未着手。危機感を強める中小企業団体

時間外労働の上限規制は今年4月から大企業に施行され、いよいよ来年の4月から中小企業に施行されます。しかし中小企業は深刻な人手不足を抱えているところも多く、上限規制をクリアするのは容易ではありません。

実際にどの程度準備が進んでいるのか。日本商工会議所・東京商工会議所が実施した「働き方改革関連法の認知度・準備状況等に関する調査」(3月25~4月25日)によると、法律の施行時期を「知っている」と回答した企業の割合は76.5%。
準備状況について「対応済み・対応の目途が付いている」企業は63.1%となっています。
前回調査(2018年10月22~12月3日)の45.9%より進んでいますが、今年の春の段階ではまだ4割弱の企業が未着手の状態です。

一方、社員に対して実施したエン・ジャパンの調査(「働き方改革実態調査」2019年11月)によると、「今いる会社では、働き方改革(長時間労働の是正・有給休暇取得の促進)に取り組んでいますか?」の質問に対し、従業員101~300人の企業では「取り組んでいる」が44%、「取り組んでいない」が40%。さらに100人以下では、取り組んでいない企業が56%、取り組んでいる企業はわずかに27%にとどまっています。

そうした中、日本・東京商工会議所は10月17日、政府に「雇用・労働政策に関する要望」を提出。
「時間外労働の上限規制」について「深刻な人手不足の中で、特定の時期に業務が集中することもあることから、労働基準監督署は中小企業に対する助言・指導にあたっての配慮規定に則り、中小企業の労働時間の動向や人材確保の状況、取引実態等を踏まえ、長時間労働の発生原因や改善方法等についてきめ細かく相談に応じるなど、丁寧に指導をしていただきたい」と危機感を露わにしています。

上限規制違反は6ヶ月以下の懲役または30万円以下の罰金

上限規制は労働基準法(労基法)36条の改正によって残業時間の上限を法律で規制するものです。労基法は1日8時間、1週40時間の法定労働時間を超えて働かせることを禁止しています。

それを超えて働かせる場合は労使協定(36協定)を締結し、労働基準監督署への届出が必要になります。労働組合がない企業は管理職以外から選出された過半数代表者と協定を結びますが、代表者が多数決など民主的手続きによって選出されていない、また協定内容が他の従業員に知らされていない場合は違法となります。

実は労使が結ぶ36協定は以前にも増して厳しくなっています。
協定はこれまでは法的拘束力のない大臣告示でしたが、法律に格上げされたことで協定を結ぶ労使の責任が厳しく問われることになります。
従来の協定による限度時間は1ヶ月45時間、1年360時間でしたが、あくまでも目安であり、法的拘束力はありませんでした。また「特別条項付き36協定」を締結すれば例外的に年間6ヶ月まで限度時間を超えることができましたが、上限時間がなく、実質的に無制限でした。今回の法改正では時間外労働の上限を定め、これを超える残業ができなくなります。

時間外労働の限度時間は原則として月45時間、年360時間。
臨時的な特別の事情がある場合の上限について、
① 年間の時間外労働は720時間以内
② 休日労働を含んで、2ヶ月ないし6ヶ月平均は80時間以内
③ 休日労働を含んで単月は100時間未満
④ 原則の月45時間を超える時間外労働は年間6ヶ月まで
という制限を設けています。
この限度時間を超えて1人でも働かせると刑事罰の対象になり、企業の責任者は6ヶ月以下の懲役または30万円以下の罰金が科されます。

また、今回は36協定を締結する際に歯止めの措置として新たに指針が設けられました。
その中で使用者は「安全配慮義務を負う」と明記。これはいわゆる過労死の労災認定基準を示し、使用者は「発症前1ヶ月間におおむね100時間または発症前2ヶ月間から6ヶ月までにおいておおむね80時間を超える場合には業務と脳・心臓疾患の発症との関連性が強いと評価できるとされていることに留意しなければならない」と規定しています。

しかし、企業の中には法律の抜け穴をかいくぐるところが出てくることも懸念されています。たとえば1ヶ月80時間の残業が可能だとしても月の最後の2週で80時間、翌月の最初の2週で80時間残業させれば4週間で最大160時間の残業をさせることが可能になります。

この防止措置として指針では「労使当事者は、時間外・休日労働協定において休日の労働を定めるに当たっては労働させることができる休日の日数をできる限り少なくし、及び休日に労働させる時間を出来る限り短く務めなければならない」と規定しています。こうした趣旨を踏まえた労使協定を締結する必要があります。

最大の問題は労働時間管理の不徹底。頭を抱える人事部

以上が法律の大まかな内容です。しかし、中小企業の中には法律を守る以前に、そもそも労働時間管理が明確になっていないところも多いようです。

現在、上限規制に向けた準備を支援している都内の社会保険労務士は
「クライアント企業の中には勤怠管理システムを導入し、外勤の営業もスマホから仕事開始と終了の時刻を送り、本部で集計管理し、上限を超えそうな社員にアラームを出せるようにしているところもあります。しかし、そうした企業は少なく、タイムカードによる人力による集計や本人の申請で時間管理している企業も多くあります。残業時間を月末に締めたら上限を超えていたというように見逃す可能性も高い」
と指摘します。

また、九州で飲食チェーンを展開する企業の人事部長は時間管理の難しさをこう語ります。
「深夜営業の関係でこれまで変形労働時間制を使ってきましたが、正直言って所定労働時間はあっても店舗の労働時間を正確に把握するのは難しかったです。
残業時間は50~80時間以内に収まっていましたが、店長によっては店に出なくてよい時間帯でも、トラブルがあってはいけないからと心配し、出ている人もいます。それも勤務時間と見なすのか整理できていません。
残業の実態を整理する前にとにかく勤怠管理システムを入れて社員の時間の把握を優先しました。
すると、始業前に出社した時間をどう扱うか、など解決すべきいろいろな課題が出てきました。それらを一つひとつ整理し、最終的に残業時間の限度をどのくらいにするのかを議論し、上限を50~60時間の範囲に収めることにしました」

上限時間を月60時間に設定し、年間の時間外労働の上限である720時間以内に収まるようにしたそうです。
月60時間を超えたらシステム上で本人に通知され、同時に本部が注意喚起することにしています。

人事部長は「昨年のシステムでの試行以来、決まって限度時間を超えるのはいつも同じ社員。その社員をモグラ叩きではないですが、一人ひとりマークして潰していくようにしています」と言っています。

しかし「社内で労働時間管理のガイドラインをつくり、周知を徹底しても、中には隠れ残業が発生するかもしれません」と、不安を隠せないようでした。

経営トップが主導し、全社を巻き込んだ改革が不可欠

中小企業にとってのもう一つの懸念材料は、大企業が業務の効率化やムダの削減という名目で残業を減らした結果、仕事の一部が下請け企業に転嫁されることです。
その結果、中小企業の仕事量が増え、自社の社員の労働時間が増加し、残業削減が益々困難になりかねません。

前出の日本・東京商工会議所の政府への要望でも「中小企業に1年先行して、大企業に対する時間外労働の上限規制が本年4月から施行された。こうした中、発注側企業が長時間労働の削減等の働き方改革を進める中で、下請け中小企業に対して、適正なコスト負担を伴わない短納期発注や急な仕様変更等のしわ寄せを生じさせることにより、下請け中小企業の業務負荷が増大し、働き方改革の妨げにつながっているとの声が多く聞かれている」と述べています。

こうした外的要因や人手不足に加えて労働時間を削減していくことは難しいですが、一方で働き方改革の真の目的は、人的資源の活性化や業務の効率化を通じて生産性を向上し、企業の持続的成長を図ることにあります。

とくに中小企業にとって人材の確保と定着は大きな課題であり、社員の定着と活躍を促すには、働きがいや働きやすさを感じてもらうことが重要です。

法的措置はあくまで支援策の一部であって、単に法律に対応するだけの対症療法的な改善だけでは手間と労力の増大を招きます。

何より大事なのは経営トップが重要な経営課題として本気になって取り組むことです。本気にならないと社員も動いてくれません。さらに本気度を示すにはメッセージの発信にとどまらず、トップはもちろん役員など経営層が率先して働き方を変えること、そして部・課長などの管理職全員を巻き込むことです。

トップから一般社員まで全社一体となった地道な取り組みが長時間労働の削減につながるのです。どのようにして推進していくのか、次回から具体的な方法について紹介したいと思います。

第2回 労働時間の“見える化”と部門別管理の徹底をいかに進めるか(事例編)

著者プロフィール

溝上憲文(みぞうえ のりふみ)

1958年鹿児島県生まれ。人事ジャーナリスト。明治大学政治経済学部卒。月刊誌、週刊誌記者などを経て独立。人事、雇用、賃金、年金問題を中心テーマに執筆。
『非情の常時リストラ』(文春新書)で2013年度日本労働ペンクラブ賞受賞。主な著書に『隣りの成果主義』『超・学歴社会』(以上、光文社)、『マタニティハラスメント』(宝島社新書)、『人事部はここを見ている!』『人事 評価の裏ルール』(以上、プレジデント社)など。

参考

■人手不足等への対応に関する調査結果について│日本商工会議所
https://www.jcci.or.jp/news/2019/0606132502.html
■『エン転職』1万人アンケート(2019年11月)「働き方改革」実態調査 | エン・ジャパン(en-japan)
https://corp.en-japan.com/newsrelease/2019/20314.html

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