労働時間の“見える化”と部門別管理の徹底をいかに進めるか(事例編)/溝上憲文氏

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いよいよ2020年4月に迫った中小企業の時間外労働の上限規制。 あなたの会社はもう準備できていますか? 実は施行が目前に迫った今でも対策に悩んでいる企業は少なくありません。人事問題の著書を多数執筆してきた人事ジャーナリスト溝上憲文氏が、 労働時間削減に向けた中小企業の取り組み事例を紹介する連載企画、『目前に迫った中小企業の「時間外労働の上限規制」~労働時間削減をいかに進めるか~』
連載第2回は、残業時間の”見える化”と全社を巻き込んだチェック体制で、時間外労働を大幅に減らした事例についてご紹介します。

全社を巻き込んだ労働時間管理の徹底が重要

長時間労働の是正は人材の確保と定着を促すだけではなく、社員の意欲と能力を引き出すための重要な経営課題です。しかし組織や社員に染みついた長時間労働体質を払拭するのは容易ではありません。朝早く出社し、夜遅くまで働いてくれる社員は会社への忠誠心や貢献度も高いと評価する管理職や経営幹部が今も少なくありません。

その結果、長時間働くことを嫌がる優秀な若者や女性が職場を自ら去っていく現象も起きています。人手不足とは言いながら、せっかく採用しても数年も経たずに辞めていくという悪循環に陥っている企業も数多くあります。何より大事なのは経営トップが危機意識を持ってメッセージを発信し、全社一丸となって業務プロセスや業務量の見直しを含む労働時間の削減に地道に取り組むことです。

“見える化”とチェック体制の徹底で残業時間3割減少

従業員100人規模のサービス業のある会社も3年前まで同じような状況にあり、入社3年以内の離職率は40%に達していました。その原因は全社の1ヶ月の平均時間外労働時間が50時間を超え、部署によって100時間を超える月もあるなど長時間労働が常態化していたことです。何とかして時間外労働を削減しなければ人手不足倒産もあり得ると危機感を抱いた社長は対策に取り組みます。

まず、実践したのは「1年間の時間外労働の実態」と「自己都合退職率」などのデータを分析。社員全員を集めてデータを示しながら「時間外労働を削減できなければ人材の確保と定着が進まず、会社は危機的状況に陥る」と訴え、部署ごとに時間外労働の削減を強く呼びかけました。もちろん呼びかけるだけではなく、会社全体の取り組みとして、ノー残業デイの実施や不要な業務の洗い出しと業務フローの見直しなどの施策を実施しました。

その中でも特筆すべきなのが、全社員の時間外労働の“見える化”による部門・個人別の対策です。以下の3つのチェック体制を実行に移しました。

①毎月の役員会で部門別・個人別の時間外労働実態を確認し、とくに時間外労働が多い部門に対しては部門長に削減目標計画を提出させる。
②時間外労働の実態を毎週、各上長へ配信。人事部から1週間の時間外労働の実績レポートを各上長に配信して情報を共有し、意識が低い部門には部門長を通じて指導する。
③とくに時間外労働の多い社員に対し、人事と上長が面談を実施し、改善を指導する。

こうした3段階のチェック体制を含む取り組みを1年間実施した結果、1ヶ月の平均時間外労働時間は35時間と約3割減少しています。

毎月の経営会議で残業実態を報告。部門長が本気で取り組む契機に。

同様に“見える化”による対策に取り組んだ企業はほかにもあります。ある住宅設備メーカーでは2015年から業務プロセスの見直しを含む残業削減に取り組んでいます。以前は1ヶ月の時間外労働時間が80時間を超えるのは当たり前の世界だったそうです。部門長の中には「そもそも事業計画は残業することを前提に作っている」と言い放つ人もいたそうです。そうした体質をの引きずっていた結果、労働基準監督署から是正勧告を受ける事態になり、経営トップ主導で労働時間の削減に危機感を持って取り組むことになりました。

まず、人事部が各事業部の部署別の毎月の労働時間を厳しくチェックし、それを一覧表にして経営会議に提出。事業部の責任者が集まっている席でどの部署の労働時間が長いのかが一目瞭然となります。労働時間が長い部門は経営陣からどうして長いのかと質問を浴びることになり、事業部長が真剣に部内の改革を促す契機となっています。こうした積み重ねの結果、現在の月の平均残業時間は40時間以下に収まるようになったそうです。

大手アウトソーシング会社も住宅設備メーカーと同じ残業時間の“見える化”と部署別管理を徹底しています。同社の人事担当者は「部門ごとに残業削減対策を推進し、その実績を毎月経営会議で報告します。会社全体の残業時間の推移、部門ごとの実績のほか、部門長の名前も明示します。部門長は他の部署より残業時間が多ければ部署に持ち帰り、課長など管理職と協議して改善を進めることになります」と言います。

この会社も4年前は残業時間が月80時間を超える社員も珍しくありませんでしたが、取り組み開始以降、2年で全社の月平均残業時間が45時間から35時間に減ったそうです。

“残業常習者”を特定し、場合によっては配置転換も

しかし、会社や部門の平均時間外労働時間が減少しても、36協定の上限時間を超える社員が1人でもいれば法違反となります。そのため同社では人事が主体となって個人別管理も行っています。

「ある年度の目標として月の残業時間45時間を6回超えてはならないという目標を設定しました。5回に達した社員については所属長に連絡し『あなたの課のAさんはあと1回で6回ですからね』と注意を促します。さらに本人の仕事ぶりを観察し、仕事量が多すぎる場合は他の人に仕事を任せるか、人を入れ替えるように指示します」(人事担当者)

建設関連会社でも先の2社と同様に労働時間の“見える化”を実施しています。部門別、個人別の残業時間の実態を人事部が経営会議で報告し、改善を促し、同時に残業時間の多い社員については個人別にヒアリングし、改善を促しています。また、同社には専門業務型裁量労働制の社員が多くいます。

同社は裁量労働手当として月30時間分を支払っていますが、会社としては30時間を目標に労働時間の管理と仕事の配分などを決めています。しかし中には30時間を大幅に超える社員も出てきます。人事担当者は「たとえばその社員が取引先に出向いている時間が長ければ、他の社員が代わりに取引先に行くように指示して30時間に戻すようにしています」と、言います。

ところで取り組みを進めていくと「残業時間の多い社員はほぼ固定化されてくる」というのが人事担当者の共通の声です。前出の住宅設備メーカーの人事担当者はこう言います。

「その中でも優秀で成果も出している社員が1割ぐらいいますが、3割は成果も出せないでダラダラと非効率な仕事をしている社員です。そういう人に同じ仕事をさせると必ず残業するので、いつか36協定の上限を超えるなど法的リスクを冒す危険もあります。そのために今の仕事をさせないようにする、場合によっては配置転換して残業が少ない部署に異動させるようにしています」

時間外労働の上限規制が施行されると、1人でも上限を上回る社員が出れば法的リスクが発生します。会社全体の平均残業時間を減らすと同時に残業常習者の対策も並行して進める必要があります。

管理職の意識改革と業務改革運動を同時に展開

ただし、上から残業規制を強化するだけでは、サービス残業を生んでしまう可能性もあります。そのためには現場の要である管理職の長時間労働に対する意識改革を含めた教育・研修も重要です。

医療機器メーカーでは政府の働き方改革に呼応し、2017年から人事部主導で全社の業務改革にとり組んでいます。同社の人事担当役員はその趣旨をこう語ります。

「当社もご多分に漏れず、5年前はかなり残業時間が多かった。ただし、残業を減らすのに、上から早く帰れ、休めというだけでは進みませんし、逆にサービス残業が増えることになりかねません。大事なことは定時で退社できるように仕事を設計していくこと。そのため職場ごとに仕事の内容や職務範囲を再設計し、生産性を上げるための業務改革運動を展開してきました」

改革に先だってグループの3社の全管理職を対象に、1回30人の参加者による1日コースのワークショップを計15回開催しました。その中では労働時間にとらわれない適正な人事評価のあり方をはじめ、時間外労働削減のための具体的なツールや事例を紹介。それによって劇的に仕事量が抑制されることなど業務改革への取り組みを促す研修となっています。一方、改革期間中は他部署の好事例などの情報を盛り込んだ「業務改善ニュース」を月に1回、イントラネットで流すなどの取り組みも行っています。

時間外労働の削減は生産性向上に向けた取り組みであり、その中に上限規制などの法対応の動きをうまく取り込むことができれば、従業員の納得感も高まります。逆にそうした取り組みなしに法律の対応のみに終始すれば、やらされ感だけが強まることになり、それだけは避けたいものです。

次回は適切な労働時間管理や外勤営業社員の時間外労働対策など具体的な施策について紹介します。

< 第1回 時間外労働の上限規制とは何か~法的リスクと取り組みの課題

第3回 長時間残業社員の一掃とメリハリの効いた残業削減手法(事例編)

著者プロフィール

溝上憲文(みぞうえ のりふみ)

1958年鹿児島県生まれ。人事ジャーナリスト。明治大学政治経済学部卒。月刊誌、週刊誌記者などを経て独立。人事、雇用、賃金、年金問題を中心テーマに執筆。
『非情の常時リストラ』(文春新書)で2013年度日本労働ペンクラブ賞受賞。主な著書に『隣りの成果主義』『超・学歴社会』(以上、光文社)、『マタニティハラスメント』(宝島社新書)、『人事部はここを見ている!』『人事 評価の裏ルール』(以上、プレジデント社)など。

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