変化を志す社内人材こそ生産性向上の主力エンジン AT&T社の従業員再教育プログラム

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技術革新の嵐の中で

最近、「AIの登場などにより、〇〇の仕事は10年後にはなくなる。」といったニュースを見ると、心がざわつきます。

今のこの仕事は、10年後、いや、5年後でさえ存在するのかと、そんな不安に駆られ、仕事帰りに資格や英語、プログラミングの学校に通ってみたものの、やはり不安は消えないという方も少なくないのではないでしょうか。

将来のことを悲観せずに働くためには、どのようなことが必要なのでしょうか。

AT&T社の再教育プログラム

AT&T社は、米国テキサス州ダラスに本社を置き、テクノロジー関連事業を手掛ける、従業員約25万人の米国有数のコングロマリットです。

長年通信業界を牽引してきた同社ですが、近年のテクノロジーの急速な進化とそれに伴う新しい競合企業の登場により、「ハードウェア中心の電話会社から、ソフトウェアを中心とした通信、テクノロジー、メディア」企業への、大規模な事業構造の転換の必要に迫られました。

この時直面したのが、現在働いている多くの従業員は会社が進もうとする方向で必要とされるスキルを持ち合わせていないという問題と、新規に人材を市場から調達することもなかなか難しい、という現実でした。

そのため同社は2013年、それまでの予算を一気に25%増やし、年間2.5億ドル以上を投資した超大型の従業員再教育プログラムである「ワークフォース2020」を立ち上げます。

同社は従業員の再教育の為、以下のような様々な仕組みを用意しました。(DIAMOND社「ハーバード・ビジネス・レビュー論文」より)

  1. 能力把握と今後の方向性を決める仕組み
    • 「キャリアプロファイル」、「キャリアインテリジェンス」、「ジョブシミュレーション」といった独自のツール利用や上司との話し合いを経て、従業員一人一人が、現在の自分の能力や適性を把握し、今後獲得すべきスキルや、キャリアチェンジの方向性を決定することができます。
  2. 学習のための仕組み
    • 期限などを設けずいつでもオンラインなどで受けられる「個別講座」、新しいテクノロジー関連でも需要の高い技術のトレーニングを行い、認定書を発行する「ナノ学位」、さらに、外部大学と協力して設置した「コンピュータサイエンスのオンライン修士号プログラム」を用意し、従業員のあらゆる学習希望にこたえています。加えて、費用の十分な支援も行っています。(例:ナノ学位や修士号取得費用を年間8,000ドルまで援助)。
  3. 評価するための仕組み
    • 市場価値や同社の事業目標への貢献度を加味した人事評価指標への変更、評価基準の厳格化、年功序列色を薄めた報酬制度の変更を行い、会社が望む分野で高いパフォーマンスを挙げた従業員が一番評価される仕組みとしました。

AT&T社で働く人達の再教育ストーリー

では実際にAT&T社の再教育プログラムは、従業員達をどのように変化させたのでしょうか。

FORTUNE誌によると、19歳でAT&T社に入社したMさんは、ネットワークエンジニアとして電話回線の監視や機器のテストの仕事をしていましたが、30代に入り自分の仕事に将来性がないのではと不安を感じていたといいます。ちょうどその頃に開始された同社のプログラムの支援により、彼は大学院で修士号を取得し、データサイエンティストへキャリアチェンジを果たしました。

これは特別な成功例ではありません。ほかにも多くの従業員が、週5~10時間を費やして個別スキルの講座を受講し、オンラインで修士号を取得しています。例えば、機械学習を学びたいと語る引退間近のベテラン社員は再教育を経てスクラムマスターになり、サイバーセキュリティーのプロとして新しい仕事を担当することを楽しみにしている社員は、再教育プログラムについて次のように語っています。

「2年で、23の(「個別講座」を修了するともらえる)バッジを獲得し、100以上の講座を受講したんだ。最先端のテクノロジーを学ぶこと、そして、AT&T社のような大企業の大規模な事業転換の一端を担えることは、とても刺激的だよ。」(AT&T社ブログ「AT&T Innovation Blog」より

この再教育プログラムは、従業員に自らのキャリア構築に主体的にかかわることを促しています。そのため、彼らは最新のテクノロジーを身に着けただけでなく、自立したマインド、自身のキャリアに対する自信、高いモチベーションまで獲得したように伺えます。そして、彼らは市場価値の高い人材になった結果、この先AT&T社よりも良い条件で他社に転職することも可能かもしれません。

一方で、長くAT&T社の既存の技術分野で高収入を得てきた人たちにとっては、給料が下がったり、地位が不安定になったりする可能性があり、抵抗感が強いプログラムでもあります。同社はプログラムを始めるにあたって、会社の置かれている状況や、再教育の必要性、つまり、時代遅れになりつつある事業にかかわる従業員が、仕事を失う可能性を少しでも減らそうと考えていることを共有し、こうした人々の思いに対応したといいます。

日本にとってリスキリング(Reskilling)は生産性向上の主力エンジンだ

近年のデジタルトランスフォーメーションの流れを受けて、世界中で技術者の争奪戦が起きており、現在では即戦力人材を新規採用することが非常に難しくなっています。また、そもそもこれだけの速さで技術や社会が変化していくと、正確に必要とされるスキルを予測し、それに基づいて人材の採用計画を立てるというのは、ほとんど不可能であるとも指摘されています。World Economic Forum Reportによると、世界の企業では、従業員を再教育「Reskilling(リスキリング)」し必要な人材を社内で確保する方向に、人材戦略をシフトしているとも指摘しています。

日本の現状はというと、働く人のほとんどがリスキリングの必要性を感じつつも、なかなか取り組めていないという状況のようです。会社の負担で働きながら講座などを受講できている人の割合は、世界の国々の平均が約7割であるのに対して日本は約4割と、調査対象33か国中最低というデータもあります(日本経済新聞より)。一部の大企業ではリスキリングが進んでいるようですが、中小企業従業員や非正規雇用者では、会社からのサポートが全く無いというケースも多いでしょう。

また、リスキリングを一番必要とする働き盛りの人々は、長時間労働や子育て・介護等による時間の制約により、学習できる時間が限られており、勤務を終えた後や休日を使って「自己責任」で勉強するのは、大変困難な状況にあります。

AT&T社に起きた危機は日本の企業でも起こっているはずです。企業がリスキリングに消極的なままでは、これまで会社に貢献してくれた善良な従業員達を時代に合わなくなったという理由で解雇しなくてはならず、しかも、新しい人材採用は困難なため会社自体も時代の波に乗り遅れる、という、二重苦を味わうことになるでしょう。しかし従業員達がリスキリングを経て再び時代の先端を行く戦力となり、そしてモチベーション高く仕事に取り組んでくれるとしたら、企業にとってこれほど力強い生産性向上のエンジンはありません。

実際、先ほどご紹介したAT&T社では、リスキリングプログラム導入以降、製品開発サイクルが40%短縮し、収益化までの時間は32%スピードアップしたと報告されており、リスキリングが生産性向上に寄与したことが見受けられます。

今後日本でも従業員のリスキリングについて、働く人の「自己責任」に頼るのではなく、勤め先企業による経済的・時間的なサポートが拡充されることを強く期待します。

変わり続けることをやめるとき、それはあなたが終わる時

米国有数の歴史を持つAT&T社は、変化には変化で対応することで、急激に変わっていく時代を乗り越えようとしています。米国建国の父の一人として讃えられる百ドル札の偉人、ベンジャミン・フランクリンの有名な言葉も思い出されます。 

When you are finished changing, you’re finished. ―Benjamin Franklin

(変わる時を辞めたとき、それがあなたの終わりの時だ)

先の読めない難しい時代だからこそ、時代や状況に応じて柔軟に自身を変化させていくことが、安心して仕事を続けていくために最も必要なスキルなのかもしれません。

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