職場と人を知り尽くした専門家に聞く(前編)生産性を上げるコミュニケーションのコツ/濱田秀彦氏

From: 働き方改革ラボ

2020年02月14日 07:00

この記事に書いてあること

時間外労働の上限が法律で規定され、労働時間削減の号令を受けて苦しむマネジメント層と、仕事量が減らないことを嘆く部下層の間で、お互いへの不満が募っている職場もあるのではないでしょうか。マネジメントやコミュニケーションを専門とし、階層別セミナーや仕事術の書籍執筆を行う株式会社ヒューマンテック代表の濱田秀彦氏は、彼らの溝を解消し、仕事の生産性を上げるためにもっとも大切なのはコミュニケーションだと語ります。働き方を変えるために、各階層のビジネスパーソンに必要なものとは?

仕事が多いのに労働時間は減らせない
部下層から不満の声が噴出

―法律の施行も含めた働き方改革が推進され、労働時間削減の動きによる職場のストレスが発生しています。この動きの中で、部下、上司、経営層がそれぞれ感じている働き方改革の手応えや不満などはいかがでしょうか?

私が研修などを通して圧倒的に多く聞かれるのが、部下層の皆さんからの「早く帰れと言われるけれども、仕事が減らない」という声です。管理職の方々も不満を抱えています。「業績を上げろ」という会社からの大命題に加えて、コンプライアンスやメンタルヘルス、ハラスメント対策も求められ、さらに残業時間削減も自分たちがやらないといけないのかと、疲弊しています。上は指示を出すだけで、なんでもかんでもこちらに皺寄せか、と嘆いているんです。

笑い話として、働き方改革を進めるために残業しなきゃいけないという話も聞きますね。総じて前向きな反応とは言えません。特に中小企業で働く人たちにとっては、働き方改革は、またやっかいなものが増えたな、というふうにとらえられています。働き方改革は余裕のある大企業だからできることであって、うちがそれをやったら潰れちゃうよという反応ですね。

―中小企業の経営層の意識としては、いかがでしょうか。

経営者と話していて感じるのは、働き方改革はまだ優先順位が低いということです。進めなくてはいけないとは思っているものの、直面している資金繰りや業績といった課題に比べると後回しになっています。総務部門に「対処するように」と指示は出しているけれども、そこで止まっているケースが多いです。

―働き方改革が、会社の将来の利益につながる、自分たちにとってもメリットがあるととらえられてはいないのでしょうか。

現時点ではそれをイメージできていない人が多いです。働き方改革の必要性をいち早く痛感しているのは、採用担当です。少子化が進んで人材が不足していますので、中小企業は特に人材が採用しにくくなっています。今までならこういう学生が採れたという人材の層が、労働条件や働きやすさを重視して大企業に流れていってしまっているからです。それ以外の皆さんは、「法律で決められて罰則があるらしい」程度の感覚でしょうね。

これから中小企業はさらに、人がなかなか採用できない上に、若い人が辞めていってしまうという問題に直面するでしょう。私は、人材確保の課題と働き方改革は隣り合わせで、同じジャンルのテーマだと思っています。ただ、そのふたつがまだ、経営層の中でもリンクしていないという印象です。

生産性向上でもっとも大切なのはモチベーション
上司層がそのカギを握る

―働き方改革を進めるには、何が必要だと思われますか。

まず、経営者が働き方改革をやるんだという覚悟をはっきり示さないと、会社は動きません。経営者の本気度が、会社全体の意気込みにそのままつながっています。

たとえば、私の知っている中小企業では、経営者が「売り上げは5%落ちても構わないから、3年で徹底的に働き方改革を進めろ」と号令を出し、メインバンクにも了解をとりました。また、社長が主導して、8時になったら物理的にサーバーをシャットダウンして仕事をストップさせている企業もあります。「不都合があるなら社長に言ってください」と周知して運用したら、誰も何も言ってこなかったそうです。そのぐらいの経営者が本気を出して、具体策も含めて社員に提示しなければ、働き方改革は進みません。

―では、実際に現場で時間外労働を削減するためには、どんな取り組みが有効なのでしょうか。

働き方改革や時間外労働削減のポイントが生産性の向上にあるというのは誰もが理解していますが、生産性向上の最大のポイントを見落としている人が多いのが現状です。最大のポイントは、従業員のモチベーションです。これが低いと、他にどんな施策を打っても効果は出ません。

―なぜ、モチベーションが生産性向上に必要なのでしょうか?

モチベーションが低いときは、絶対に生産性が上がりません。上から指示をされて、イヤだな、面倒くさいなと思いながら仕事をしていると、集中力も落ちます。せっかくICTツールなど仕事を効率化できる仕組みを導入しても、根底にモチベーションの問題があると、うまく活用することができないんです。

―具体的にモチベーションを上げるにはどうしたら良いのでしょうか。

モチベーションのカギを握るのは、上司層です。部下のモチベーションを上げるために重要な軸は3つ。ひとつめは、「自分の仕事は価値がある」という実感を部下に持たせること。上司や経営者が書類の山を見てため息をついていたら、部下たちも、自分の仕事に価値があるとは思えないですよね。管理職が率先して、仕事のひとつひとつに、書類の1枚1枚に価値があるんだという意識を持てば、職場は変わっていきます。

ビジネス寓話で有名な話があります。ふたりのレンガ職人がいて、ひとりはレンガを作っていると思って仕事をしているから、モチベーションが低い。もうひとりは、城を作っていると思っているから、モチベーションが高い。やっていることが同じでも捉え方によって、その仕事の価値が変わってくるのです。

モチベーションアップのポイントは仕事の先にいる人をイメージさせること

―部下層にそれを意識させるためには、何をすればよいのでしょうか?

今やっている仕事の先にいる、「人」の存在まで意識をさせることです。たとえば、車の部品を作っているとします。その仕事を「金属加工をしている」ととらえると、そこで終わってしまいます。その先をイメージすると、車体メーカーがその部品を使って車を完成させるわけです。さらに、その車に家族で乗るユーザーがいます。そこまで意識して、自分たちの仕事は、車に乗る人の命を守る仕事なんだと考えることができたら、仕事の価値が大きく上がります。上司は、「あなたの仕事の先にそれを待っている人がいて、こういうステップがあり、それを必要としている人たちがいるんだ」と、伝えていくことが大切です。

ふたつ目が、「自分は職場で価値がある存在」だと感じさせること。職場の中で君はかけがえのない存在だと伝えるんです。それをできるのも上司だけです。今の若い方たちは自己肯定感が低いので、「自分なんかいなくてもいい」とか、「低レベルな仕事しかやっていないから、こんな仕事は外注していいんじゃないか」と考えてしまいがちですが、そうではないと伝えるんです。

―それは具体的には、どのような声かけをすれば良いのでしょうか?

たとえば、誰も見つけてくれないような汚れ仕事をやっているときに部下に一声をかけると、すごく自己肯定感が上がります。たとえば、コピー用紙の整理や、工場の機械に油を差すなど、誰かがやらないといけないけど、やっても誰も褒めてくれないような地道な仕事を自主的にやってたら、「サンキュー、助かるよ」と声をかけるんです。それだけで全然違います。営業マンがトップセールスを獲れば、みんなが拍手をして褒めてくれるんですよ。でも、そうじゃないところを見つけてもらうことで自分の価値を再認識できるし、上司に対しても「ああ、いつも見ていてくれるんだ」という信頼感を抱けるんです。

―部下の仕事をしっかり見ることや、コミュニケーションをとるという時間を惜しまずに確保することが大切なんですね。

そうですね。ただ、育成や部下とのコミュニケーションには、すごく時間がかかると思っている方が多いのですが、そうではありません。1分あればコミュニケーションはできますし、一言でちゃんと伝わるものがあるんです。ですから、できないことを時間のせいにしてはいけません。管理職の方はプレイングマネージャーが多いので、部下をケアするのは大変だと思います。ただ、「サンキュー、助かるよ」の一言は、5秒で言えます。部下の地道な仕事を見てあげて、5秒を使ってたったの一言が言えないのなら、それは管理職とは言えないと私は思いますよ。

―なるほど。モチベーションを上げる3つの軸の、もうひとつは何ですか?

もうひとつは、「成長の実感」です。このカギも、上司が握っています。自分自身の成長はなかなか実感ができないものですよね。だからこそ、上司がよく見て、成長を伝えてあげてほしいんです。失敗例としてありがちなのが、上司が自分と部下を比べてしまうこと。すると「自分と比べたらまだまだだね」と、成長を認めることができなくなってしまいます。本人の以前と比べてあげないと、成長の実感は与えられません。ちょっとしたことでいいのです。たとえば、「1年前はこの仕事をやるのに10個くらい質問してきたけど、今は何も聞かないでできるよね。それどころか、頼んでいないことまでやってくれてるよね」という声かけがあれば、成長を実感できます。

―よく、最近の若い層は成長意欲がないと悩んでいる人も多いと思います。そういう世代には、どうアプローチしたらよいのでしょうか?

よくセミナーで、上司層に「モチベーションアップの方法は何だと思いますか?」と聞くと、「アメとムチ」と答える方がいます。ただ、20代、30代を中心としたミレニアル世代は、アメとムチでの動機付けは絶対にできません。以前は、お金がほしい、家がほしいとったハングリーさを持った人が多かったので、上司層からすると「モチベーションが低いな」と感じるかもしれません。ただ、彼らもモチベーションの種は持っていて、つくべきツボが違うだけなのです。説明した3つの実感を持たせるような声かけは、すべて時間をかけずにできることばかりです。上司が「部下のモチベーションが低いんですよ」というのは、自分が仕事をしていないと言っているのと同じですよ。

―モチベーションアップに加えて、生産性向上のため、すべての階層の社員が現場の仕事の中でできることはありますか?

生産性向上の2番目のポイントは、仕事の量を減らすことです。特に減らすべきなのが社内向けの作業。報告書類を減らすのが、一番いいと思います。私は会社員時代に、経営企画部門にいたことがあります。とにかく社内向けの報告書類が多かったので、上層部の人々に「これは誰も見てないから、やめてもいいんじゃないですか」と聞いてみると、「一応見たいから残して」とよく言われました。これがないと仕事が回らないという人は誰もいないにも関わらず、情報がひとつなくなることに対する恐怖感を持っている管理職や役員層が多いのです。こういったものも社長の号令でなくして、絶対に必要なものに絞って残すべきです。

書類が回ってこなければ、内容を聞きに行ったり、内線をかけたりするようになります。そうすることでコミュニケーションも生まれます。必要があれば、ダイレクトに確認をすればいいんです。誰が見るのかわからない報告書を時間をかけてたくさん作って、何人も回覧するほうがムダです。労働時間を削減しても、なるべく顧客に対応する時間は削減したくありませんから、まずは、社内でなくせる仕事をなくしていくことが大切です。

職場と人を知り尽くした専門家に聞く (後編)  
報連相を極めれば仕事が変わる

記事執筆

濱田秀彦

1960年東京生まれ。早稲田大学卒業後、住宅リフォーム会社に就職し、最年少支店長を経て、大手人材開発会社に転職。
トップセールスマンとなり、営業マネージャー、経営企画室マネージャー、システムソリューション部門責任者を歴任後、独立。
現在は、コンサルタントとして、公開セミナー、個別企業の研修に出講しており、これまで指導したビジネスパーソンは3万人を超え、 著書は20冊を超える。

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