日本経済のトレンドと働き方改革「多様な働き方」/伊藤元重氏

From: 働き方改革ラボ

2018年12月07日 07:00

この記事に書いてあること

変化を求められる働き方

「学校を出たら会社に就職して、そこで定年まで働く。給与は年功賃金制で、定年になったら退職金をもらい、その後は引退する。会社は男社会で、女性の多くは結婚や出産で専業主婦になる。子育てが一段落しても、女性はパートなどの非正規の仕事につく程度でフルタイムの仕事はしない。一家の生計は父親が稼ぎ、家庭の中の切り盛りは母親が行う。父親の転勤で単身赴任になることも少なくない」。

あまりにも単純化しすぎかもしれないが、旧来の日本の働き方をあえて描写すると、以上のようになる。こうした形の働き方は日本経済の成長に貢献してきた。終身雇用・年功賃金は集団的組織として企業の結束を高める上で有効だった。先進国にキャッチアップする日本の多くの企業にとって、職場で技能を磨き吸収するオン・ザ・ジョブ・トレーニングが必要であり、そのためにもこうした働き方が必要であったのだ。

ただ、こうした画一的な働き方が社会の中で広がることの問題が色々と目につくことになる。そうした諸々の問題こそが、働き方改革で主要な論点となるものである。

まず、女性の活躍への制約の問題がある。男性中心の職場の世界では、女性が活躍する機会が大きく制約されることになる。それはフェアではないし、日本の経済活力を削ぐ結果にもなる。

次にワーク・ライフ・バランスの問題がある。男社会の世界では、父親や夫が時間の多くを仕事に割くことになり、家族などと過ごす時間が制限される。父親だけが家族から離れて単身赴任を強要されることは、ワーク・ライフ・バランスが崩れた典型的な状況だ。

70歳前後まで働きたいと考えている人たちにとっても、旧来の働き方はその機会を制限するものである。「子供は勉強のしすぎ、大人は働きすぎ、だから歳をとるとすることがなさすぎる」とは、日本人の男性の一生を皮肉ったものである。子供が勉強のしすぎというのがいまの社会に当てはまるかどうかは別として、会社人間である人にとって退職後の仕事を探すことが難しいことは事実だ。終身雇用の仕組みが経済全体に根を貼っているので、アウトサイダーであるシニアにとっては有利な仕事を見つけるのがより困難になっている。

企業が国際競争力を高めるという意味でも、旧来の働き方には問題がありそうだ。日本の企業がキャッチアップしていた時代には、集団主義で外国の技術を吸収し、それを改良すればよかった。しかし、技術のフロンティアで国際競争している日本の企業にとって、旧来のやり方には限界がある。より異質の人材を外から持ってくるためには、給与体系やキャリアパスなどが制約条件となってしまう。多様な人材という意味では、日本人だけでなく、海外の有意な人材の確保も求められる。

多様な働き方を容認することが解決の入り口

上であげた事象に限らず、日本の働き方改革には実に多くの課題がある。そうした課題を一つずつ解決していかなくてはならない。「多様な働き方」を広げていくことが、働き方改革を有効に進めていくことに繋がるだろうし、働き方改革が進むことで、結果的に多様な働き方が広がるはずである。

労働経済学の分野でインサイダー・アウトサイダー問題というものがある。上で述べた旧来の終身雇用の労働市場は、典型的なインサイダー市場である。内部労働市場ともいう。それがより多くの役割を果たすようになるほど、外部労働市場の拡大は制限されることになる。つまり、アウトサイダーの活動が制約されるのだ。これは女性でも、シニアでも、そして非正規労働者でも同じだ。アウトサイダーの活躍を促進させるために、内部労働市場の雇用形態を改革し、外部労働市場の活動を活性化させる必要がある。

内部労働市場の改革という意味では、そこで女性の活躍を促進させることが決定的に重要となる。また、シニアが働きやすくなるよう、年功賃金や終身雇用の形態の見直しも必要となるだろう。そして人生100年時代に求められる個々人のリカレント教育やスキルアップのあり方を、働き方改革の中で見直していく必要があるだろう。

外部労働市場の活性化ということでは、正規労働と非正規労働、つまりインサイダーとアウトサイダーを分けている象徴である、賃金格差の解消が必要だろう。同一労働同一賃金を徹底させていく必要がある。企業が全てを内部労働市場に抱え込まないためにも、フリーランスの活用を増やし、そして兼業の可能性を広げるということも必要だろう。その結果として労働におけるシェアリングが拡大することは、企業にとっても個人にとっても、チャンスを広げていく有効な手段となるはずだ。

外部労働市場が活性化すれば、それが内部労働市場を改革することにもつながるはずだ。内部と外部の両面での多様な働き方が広がることで、人々により多くの選択肢が与えられることになる。企業にとっても適材適所での労働力の活用が広がるはずだ。

< 第6回 技術革新は労働市場をどう変えるのか

> 第8回 人生100年時代

記事執筆

伊藤元重(いとう もとしげ)

東京大学 名誉教授
学習院大学 国際社会科学部 教授

税制調査会委員、復興推進委員会委員長、経済財政諮問会議議員、社会保障制度改革推進会議委員、公正取引委員会独占禁止懇話会会長などの要職を務める。
著書に、『入門経済学』(日本評論社、1版1988年、2版2001年、3版2009年、4版2015年)、『ゼミナール国際経済入門』(日本経済新聞出版社、1版1989年、2版1996年、3版2005年)、『ビジネス・エコノミクス』(日本経済新聞出版社、2004年)、『ゼミナール現代経済入門』(日本経済新聞出版社、2011年)など多数。

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