日本経済のトレンドと働き方改革「技術革新は労働市場をどう変えるのか」/伊藤元重氏

mail_hatarabo_archives_8.jpg

dr_Ito_colmun_06

AIとIoTに奪われる雇用

世の中には、AIやIoTなどの技術革新で多くの人の雇用が奪われるという議論が広がっている。確かに、技術革新が労働市場や雇用に及ぼす影響は甚大だ。

具体的な産業を一つ例にとってみれば分かりやすいだろう。例えば、金融関連産業では、フィンテックということで、業界全体の姿が大きく変わると予想されている。この産業は膨大な雇用を生み出しているので、もしその労働の多くがAIなどに置き換わるようだと、産業全体の雇用に及ぼす影響は大きい。具体的に見てみると、例えば融資書類の審査と評価、資産運用の判断、決済や送金の事務などは、かなりの程度、AIをはじめとした情報技術によって必要な人員が減るだろう。金融業界の多くの企業は、フィンテック対応により、将来的にどの程度の人員削減が必要なのか分析を進めている。

こうした動きは、もちろん、金融業界だけではない。医療の世界では、現在は医者の判断に任されている診断を、相当適度、AIに置き換えることが可能である。確かに、患者の検査データをみて判断を進める上で、AIを利用できることの効果は大きいだろう。

小売業の世界では、アマゾンの急成長を受けて、多くの店舗小売業が店舗運営の見直しを進めている。オフラインと呼ばれる既存の業者もオンライン化を進めていくことになるが、これによって店舗での雇用がどれだけ縮小するのか、各社検討を始めているはずだ。

AIの活用によってどれだけの仕事がなくなるのか。衝撃的なレポートがオックスフォード大学のチームから発表されて以来、多くの研究者や調査機関が同様の調査結果を発表している。その内容には細かいところで違いはあるだろうが、今ある仕事の相当部分がAIによって置き換わるという点では共通した見方となっている。

 

三つの働き方

労働ということを英語(カタカナ)で表現しようとすると、三つの言葉が思い浮かぶ。第一はレイバーだ。これは肉体労働に近いものだ。産業革命の前は、多くの労働者が重い物を運ぶようなレイバーに携わっていた。力の強い労働力が最も社会的な価値の高い労働力であった。

産業革命による蒸気機関などの導入は、そうしたレイバーの仕事を奪ってしまった。人間の筋肉に頼らなくても、機械が重い物を運び、そして加工してくれる。当時の労働者は機械が自分たちの仕事を奪うと怒って、機械の打ち壊し運動さえ起きた。気持ちは分かるが、無駄な抵抗である。それだけでなく、産業革命によって、人間の多くは牛や馬のような力仕事から解放された。

第2の働き方がワークである。機械を操作する仕事、オフィスで事務処理をする仕事などは、どれもワークである。産業革命以降の経済発展で、ワークという働き場が拡大していった。機械が仕事を奪うというのは正しくなかったのだ。レイバーは減ったが、ワークは大幅に増えたのだ。

もちろん、レイバーからワークへの移行は簡単ではなかった。産業革命の時期、英国での労働者の所得は上昇せず、産業化の恩恵はもっぱら資本家の利益となった。多くの労働争議が起こる原因ともなった。レイバーの仕事が減ったからといって、短期間でワークの仕事が増えるわけではない。

 

人間はAIを使いこなせるのか

AIなどの技術革新で、今やワークの仕事が急速に縮小しようとしている。レイバーやワークとは別の働き方を探さなくてはいけない。おそらく、三つ目の働き方はプレイだろうと思う。指揮者やスポーツ選手のことをプレイヤーと呼ぶが、彼らは遊んでいるわけではない。レイバーともワークとも違う働き方をしているのだ。

AIの進歩との関連でいえば、AIに置き換わってしまう仕事ではなく、AIを使いこなしてそれに人間にしかできないことを付加していくということだろう。AIはIAとして価値が出ると言う人がいる。AI(Artificial Intelligence:人工知能)をIA(Intelligence Assistance:知的補助)として使う、つまりAIをフル活用して仕事をするということだ。

こうした社会を作るためには、私たちは一方でAIをIAとして使いこなすと同時に、AIにはできないようなことを人間が行う社会を望むこととなる。こうした働き方が実現すれば、ワークがAIに奪われたからと言って恐れることは何もない。レイバーからワークに変わって人類社会が飛躍したように、ワークからプレイに変わってさらに飛躍が期待できるのだ。

問題は、現状そうした流れになっているのかということだ。新井紀子氏の『AI vs 教科書が読めない子どもたち』は、今の子どもたちの能力やその基礎にある教育環境がそうなっていないことに警鐘を鳴らしている。「教科書が読める」というのは読解力、判断力、解釈力、想像力など、AIが苦手とする人間の持っている能力のことを総称している。

年号を暗記したり、公式を覚えたり、漢字や英単語を覚えるというような勉強は、AIが得意とする分野に人間の能力を歪めることである。それではAIが進歩するほど、人間は何もできない存在に追い詰められることになる。

AIをフルに利用しながら、AIにできない仕事をしていく。そのために、どのような教育が必要なのか、そしてどのようなスキルを身につけることが必要なのか。学校でも職場でも、この点についての真剣な検討が必要な時期にきている。

 

 

< 第5回 女性の活躍のために

> 第7回 多様な働き方(次回12月予定)

著者プロフィール

 

伊藤元重(いとう もとしげ)

 

現職
東京大学 名誉教授
学習院大学 国際社会科学部 教授

 

税制調査会委員、復興推進委員会委員長、経済財政諮問会議議員、社会保障制度改革推進会議委員、公正取引委員会独占禁止懇話会会長などの要職を務める。
著書に、『入門経済学』(日本評論社、1版1988年、2版2001年、3版2009年、4版2015年)、『ゼミナール国際経済入門』(日本経済新聞出版社、1版1989年、2版1996年、3版2005年)、『ビジネス・エコノミクス』(日本経済新聞出版社、2004年)、『ゼミナール現代経済入門』(日本経済新聞出版社、2011年)など多数。

mail_hatarabo_archives_8.jpg

この記事に関連するタグ