日本経済のトレンドと働き方改革「社会保障改革とシニアの働き方」/伊藤元重氏

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高齢者の定義を変える

15歳から64歳の間の人口である生産年齢人口は、急速な勢いで減少していく。少子高齢化で高齢化する人口は多いのに、それに代わる若年人口は非常に少ないからだ。このままでは近い将来の日本は大変なことになる、という危機感を持っている人は多いだろう。労働人口が減少することで経済全体の生産力は弱まっていく。高齢者が増えることで現役世代への社会保障の負担も重くなっていく。

ただ、こうした見方も、高齢者の定義を変えてみると、少しは違って見える。現在は65歳以上を高齢者と考える。年金はその年から満額出るし、企業も65歳までは雇用を維持する努力をしているが、それ以上の年齢は雇用責任を負わない。だから多くの人は65歳になると高齢者の世界に入った気になる。

ただ、現実には65歳前後の人をみると、その多くは気力が充実していて、まだ働く気が十分である。それでも仕事がなくて止む無く引退している人も多くいる。不思議なことだが、現役を退くと急に老け込む人も少なくない。

また、今の65歳の人の肉体年齢は、10年前の65歳の人とはだいぶ異なるようだ。今の70歳の人の歩く平均スピードは10年前の60歳代の前半の人の歩くスピードと同じぐらいだそうだ。歩くスピードだけで肉体的な年齢が決まるわけではないが、象徴的な数字ではある。実際、健康寿命も毎年着実に伸びている。

そこで高齢者の定義を変えて、70歳以上をシニアと呼びましょうという議論が出てくる。多くの人が70歳までは働き、年金も70歳からもらう。医療費用の負担も70歳までは現役並みとする。もちろん、この年齢になると健康状態にも個人差が大きいので、あくまでも健康な人を対象とした制度となるだろう。

もしこのような形に切り替えることができれば、医療や年金などの社会保障制度の財政もずいぶん楽になる。急速な労働力の減少という問題も緩和される。それに加え、もし多くの人が現役を続けることで健康状態が改善されるなら、医療保険の負担も少なくて済む。元気で働き続ければ、それなりに健康が維持されるからだ。

制度の変更の難しさ

もっとも、そうした制度への移行は簡単なことではない。70歳の人の雇用を確保することは容易なことではない。これまでの終身雇用の制度の延長線上だけの対応ではうまくいくはずもない。60歳代後半の人々の雇用機会を拡大できるような制度改革が必要だろう。

企業にとっても、経験の豊富なこれらの世代の人の存在は貴重だ。問題はどうした処遇で対応するのかということだ。産業や企業によって違いがあるだろう。今の60歳以上の人の賃金がそれ以前よりも引き下げられるというのと、似たような対応が必要かもしれない。また、65歳以降は労働時間を減らしていくというような対応が必要な人も増えるだろう。さらに、社会全体として65歳以上の人の再雇用の場が拡大していくような取り組みが必要だろう。

年金制度の変更も難しい問題となるだろう。65歳から年金を支給してもらえるというのが、国民の権利となっている。年金支給開始年齢を70歳まで引き上げるということには抵抗も多いだろう。そこで、70歳まで現役で働いて70歳からの支給にすれば、毎月もらえる年金の額が増える、というようなインセンティブ付けが必要となるだろう。65歳で引退して年金をもらい始めるより、70歳まで働いてそこから年金をもらう方が得であると思ってもらう制度設計が必要となる。

健康寿命の延長で、元気な60歳代の人にとっては働き続けることの方が幸せなケースも多いだろう。人生100年時代とも言われるが、長い老後を有意義に過ごすためにも、70歳ぐらいまでは働きたいと考える人も多いはずだ。年金制度もそれに合ったものにすべきだろう。

高齢者の労働機会を増やすために何よりも重要なことは、多様な働き方を容認するという、「働き方改革」を進めることだ。毎日定時に出勤して週5日働くというスタイルは、60歳代の人に必ずしも適したものではない。家やその近所で仕事をこなすテレワーク、専門の知識を活かして複数の企業のために仕事をする兼業の推進などは、シニアだけに限られる話ではないが、シニアには特に有効であると思う。

70歳近くまで働き続けるということは、労働者の側にもそれなりの準備が必要だ。若い時から、常に新しい情報や技能を吸収していくような姿勢が求められる。政府が推進しようとしているリカレント教育の機会なども積極的に利用していくべきだろう。若い時に獲得した知識だけで70歳まで働き続けることは困難だろう。学校を卒業した後も、常に新しい知識や経験に接する機会を持つような努力が必要となる。

シニアの定義を65歳以上から70歳以上に変えるのは簡単だ。ただ、実際の生活がそれに対応するためには、様々なレベルで新しい社会の模索が必要となる。政府による社会保障制度や働き方改革が必要であるのは言うまでもない。しかし、それ以上に重要なことは、一人ひとりの国民の意識の変化であり、そして企業などによる雇用体制の変革であろう。

 

 

 

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著者プロフィール

 

伊藤元重(いとう もとしげ)

 

現職
東京大学 名誉教授
学習院大学 国際社会科学部 教授

 

税制調査会委員、復興推進委員会委員長、経済財政諮問会議議員、社会保障制度改革推進会議委員、公正取引委員会独占禁止懇話会会長などの要職を務める。
著書に、『入門経済学』(日本評論社、1版1988年、2版2001年、3版2009年、4版2015年)、『ゼミナール国際経済入門』(日本経済新聞出版社、1版1989年、2版1996年、3版2005年)、『ビジネス・エコノミクス』(日本経済新聞出版社、2004年)、『ゼミナール現代経済入門』(日本経済新聞出版社、2011年)など多数。

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