日本経済のトレンドと働き方改革「同一労働・同一賃金が目指すもの」/伊藤元重氏

From: 働き方改革ラボ

2019年03月08日 07:00

この記事に書いてあること

労働市場の二重構造の解消へ

友人の外食企業の経営者がこう言っていた。「自分の会社は経験の豊富なパートの女性に支えられている。正社員は学校を出て数年で店長になる人もいるが、経験がないので店の運営はパートの女性に支えられている。ところが、給与を見ると、店長の方がずっとよい。これでよいのだろうか」、というような発言だ。

しかし、これこそが正規と非正規の従業員を分ける、労働市場の二重構造というものだ。二重構造とは英語でdualityと言う。こうした用語があることからも分かるように、多くの国で見られる現象である。日本の場合には、正規社員が日本的雇用慣行でもある終身雇用や年功賃金制に守られているので、この現象が特に顕著に見られる。

お父さんが働き、お母さんは子育てが楽になったころに家計を助けるようなパートの仕事につく。かつてはこうした家庭内分業が一般的であった。主婦や学生などが柔軟な働き方をするという意味では、労働市場の二重構造は便利な存在であった。しかし、この連載の中でもいろいろな角度から分析してきたように、こうした旧来の働きかたや家族のあり方は大きく変化している。

それにも関わらず、労働市場の二重構造は崩れるどころか、この20年、より強化されてきた面がある。1990年ごろのバブル崩壊を転機に、日本の労働市場は大きく変化してきた。失業率が上がり、有効求人倍率が下がるなかで、正規雇用の仕事を確保できない人が増えてきたのだ。そうした中で、パートやアルバイトなどの非正規雇用は、都合の良い低賃金労働として定着していった。労働者総数の中にしめる非正規雇用の人の割合が増えていったという現象がそうした流れを象徴している。

デフレという経済環境の影響もあったのだろう、コストを徹底的に削減して価格破壊を実行する、「安い労働力を使い捨てにする」というような経営がもてはやされた時期が続いた。景気の低迷が続いたことで人材は余り、悪い形での労働市場の二重構造が定着していったのだ。二重構造とは直接関係ないが、日本の企業が人材の能力向上などに使う予算も減少傾向が続いていった。従業員を大切にするというよりも、安い労働力をうまく使いこなすという流れが有力であったのだ。

働きを正当に評価する経営に

冒頭で触れた経営者の発言にもあるように、安い労働力をうまく利用するというだけの経営姿勢では人手不足の時代を乗り切ることは難しい。それどころか、抱えている人材の能力を最大限引き出すことなしには企業の存続は難しい方向に世の中は動いている。少子高齢化の中で生産年齢人口が急速に減少していることがそうした流れを加速化させている。

「安い労働力を使い捨てにする」のではなく、「人材を大切に育てていく」ことが求められる時代になっている。そうした中では、同じ労働に対して異なった賃金が支払われる二重構造は是正していく必要がある。同じ労働に対して差別的な賃金が支払われているようでは、労働者を確保することが難しいのだ。

そうは言っても、経営の現場を変えることは簡単なことではない。非正規労働者の賃金をあげればよいというだけのことではないからだ。非正規の待遇は変えないで賃金を上げていくのか、あるいは非正規雇用の労働者を正規労働者の待遇に近づけていくのか、いろいろな形の対応が考えられる。その上で重要なことは、「安価な労働力に過度に依存しない」ということで、それに応じた労働生産性や付加価値を引き上げるよう、ビジネスモデルを見直していくことが必要であるということだ。

より高い賃金を払うためにも、生産性や付加価値を上げていくことが必要であるということは、この連載の中で何度も述べたことだ。同一労働・同一賃金こそが、そうしたビジネスモデルの変化の先頭に立つべき存在なのだ。政府は同一労働・労働賃金を進めようとしているが、それは政府による規制やルールであるという以前に、経営者へのメッセージであるのだ。同一の労働に対して差別的な賃金が支払われることは認められない。経営者の多くがそうした考え方を強めていけば、時代遅れの労働市場の二重構造は解消されていくだろう。

繰り返しになるが、労働者本人のライフスタイルの中で非正規雇用が選択されるのは何ら問題はない。それによってより柔軟な働きかたが実現するだろう。問題は、「非正規労働=低賃金」ということが定着して、同じ条件で働いているのに非正規労働の賃金が著しく低く抑えられることである。同じような働きかたをするのであれば、正規も非正規も関係なく、同じような賃金が支払われるべきである。

もちろん、正規の労働者には、非正規の人にはないような責任が課されることがある。休暇の取り方や転勤など、非正規の労働者にはないような負荷がかかることもある。その意味では、同一労働とは言えない。同一労働の定義はそうした点も考慮にいれて決められるべきであるだろう。

パートやアルバイトで採用していた人たちを、正規労働に準じる扱いをする企業が出てきた。人手不足で人材の確保が難しくなっていることが、こうした動きを促している。企業が質の高い労働を確保するためには、そうした対応が必要となっていることは明らかだ。世の中の変化に敏感な経営者ほど、非正規労働の正規化を急いでいるように見える。同一労働・同一賃金の流れを政策的に推し進めることは、経営者の背中を押す上でも有効であるはずだ。

< 第9回 外国人労働 

記事執筆

伊藤元重(いとう もとしげ)

東京大学 名誉教授
学習院大学 国際社会科学部 教授

税制調査会委員、復興推進委員会委員長、経済財政諮問会議議員、社会保障制度改革推進会議委員、公正取引委員会独占禁止懇話会会長などの要職を務める。
著書に、『入門経済学』(日本評論社、1版1988年、2版2001年、3版2009年、4版2015年)、『ゼミナール国際経済入門』(日本経済新聞出版社、1版1989年、2版1996年、3版2005年)、『ビジネス・エコノミクス』(日本経済新聞出版社、2004年)、『ゼミナール現代経済入門』(日本経済新聞出版社、2011年)など多数。

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