長時間労働をやめれば日本経済の道が開ける ―製造業の成功体験から脱する方法― 出口治明氏

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政府が主導する働き方改革の影響で変わりつつある日本の労働環境。先進的な取り組みを進める企業もある一方で、長時間労働など古い慣習が残る職場も多いのが現状です。そんな日本の働き方に警鐘を鳴らすのは、ライフネット生命保険の創業者で、立命館アジア太平洋大学(APU)学長の出口治明氏。2019年、初めて時間外労働の上限が法律で定められた背景には、日本の国際競争力の低下があると出口氏は述べます。企業が成長するために必要な働く人の意識改革や、生産性を高めるためのヒントについて聞きました。

世界経済から後れを取る日本企業
日本女性の社会的地位は先進国で最下位

―出口さんは、世界における日本経済の現状をどうとらえていますか?

今、日本の国際競争力はどんどん下がっています。IMD調べでは、平成元年の1位から30位(2019年)まで落ちました。また、かつて日本は製造業を中心に経済成長をしてきて、世界一になりました。平成元年は、世界のトップ企業20社のうち14社が日本企業でした。現在は、上位20社に1社も入っていません。

―そのような状況を生んだもっとも大きな理由は何でしょうか。

簡単に言うと、日本は、世界経済の主流であるサービス業の発展に追いつけていないのです。今、世界をけん引しているのは、GAFA(グーグル、アップル、フェイスブック、アマゾン)の4社と、その予備軍と目されるユニコーン企業(創業10年以内で企業価値評価額が高いベンチャー企業)です。そして、GAFAやユニコーン企業に象徴される世界の新しい産業を起こすキーワードは「女性・ダイバーシティ・高学歴」です。

―新しい産業の発展に必要な「女性・ダイバーシティ・高学歴」が、日本では進んでいないということでしょうか。

その通りです。まず「女性」から説明しますと、サービス産業を利用する顧客は主に女性です。女性のニーズを知らなければ、サービス産業は発展しません。今、日本経済を支えていると自負する50、60代の男性だけで、女性のほしいものやトレンドが理解できるのかというと、自ずと限界がありますよね。要するに日本では、サービスを提供する側とユーザーとの間に、需給のミスマッチが起きているのです。たとえばヨーロッパでは、幹部層における男女の割合を規定して登用する「クォータ制」を用いて、女性活用を進めています。その目的は男女同権もありますが、女性を登用してサービス産業を成長させるアイデアを生まなければ、経済が伸びないからです。

一方、日本の状況はいかがでしょうか。世界経済フォーラム(WEF)が2019年12月に発表した「世界ジェンダー・ギャップ報告書2020」によれば、日本女性の社会的地位は153カ国中121位と、過去最低を記録しています。もちろん先進国の中では、最下位です。女性が社会で頑張れないという社会構造がある限り、日本経済を伸ばす新しいアイデアが出てくるはずがありません。

ダイバーシティが進んだ組織でなければ世界で勝てるはずがない

―では、ダイバーシティについて、日本の現状についてどうとらえていますか?

ダイバーシティも、企業を成長させるキーワードです。ただ、日本においてはダイバーシティも進んでいません。たとえば、2019年に日本で開催されたラグビーワールドカップで、日本チームが活躍してみんなが歓喜しました。ただ、仮に日本人だけでチームを作ってベスト8に入れたかというと、答えは明らかですよね。

「ワンチーム」という言葉が2019年の流行語大賞になりました。成果を挙げた日本ラグビーは混成のチームでした。チームの中に多様な人を混ぜたほうが、何でも強くなるわけです。GAFAやユニコーンは、全部混成チームです。日本企業は、50代、60代の日本人の男性が中心となって世界と戦っているわけですから、勝てるはずがありません。

―「高学歴」は、日本社会では進んでいるようなイメージがありますが、まだまだ追いついていないということでしょうか。

日本人の大学進学率は昔と比べると上がっていますが、それだけでは「学び」の質は測れません。今、世界経済で起きていることは、アイデア勝負。アイデアを生むために必要なのが、勉強です。しっかり勉強をしていない限り、アイデアが生まれることはありません。

高度成長期の日本では、産業の要素は、土地と資本と均質な労働力といわれました。全国の都道府県が補助をして、各地に工場団地や労働力を生む高専が作られ、製造業は発展してきたのです。ただ、日本経済がこれから成長するために必要なのは「土地・資本・均質な労働力」ではなく、アイデアです。

今、日本の大学進学率は53%で、経済協力開発機構(OECD)平均よりも7ポイント低い水準です。また、企業が大学での成績を採用基準にしないため、大学に入っても勉強しない学生が多くいます。そして、大学院で勉強をしてきた学生は学部卒よりも使いづらいと、敬遠する企業もまだあるのが現状です。

―有名大学に入ったからといって、仕事につながる学びができているかというとそうではないのですね。社会に出てから学ぶことも必要なのでしょうか?

もちろん、社会に出てから学ぶことも大切です。ただ、仕事を始めてからは、年間2000時間という労働時間で会社に拘束されます。仕事を終えた後も上司と飲みに行くという習慣もあり、仕事以外は「メシ・風呂・寝る」の最低限の生活で、勉強する時間がありません。つまり、大学に行かない、大学でも勉強しない、企業が大学院生を大事にしない、長時間労働で勉強する時間がない。日本は構造的に「低学歴社会」にならざるを得ないんです。一方、GAFAやユニコーンの幹部は、ほとんどが複数の博士号や修士を取得した「ダブルドクター」や「ダブルマスター」です。

このように、日本の社会は「女性・ダイバーシティ・高学歴」のすべてにおいて逆の方向を向いていますから、新しい産業が生まれるはずがありません。これが、日本経済が世界で勝てない根本的な理由です。

製造業依存を抜け出さなければ未来はない
今、必要なのは「人・本・旅」

―なぜ、日本の働き方が、世界で戦うために欠かせない3要素と逆行する形になってしまったのでしょうか。

その最大の理由は、日本が製造業の工場モデルに過剰適応したためです。工場の機械が今ほど開発されてはいなかった戦後、製造業を発展させるためには、力が強い男性の長時間労働が必要でした。女性は家庭で家事や子育てをするべきという性別分業が、製造業の働き方には合っていたのです。さらに、工場で働く均一的な労働力の量産が低学歴社会を生み、「女性・ダイバーシティ・高学歴」と逆行する社会構造が固定してしまったのです。たとえて言えば、日本が、野球に過剰適応している中、世界の主流はサッカーに変わっていて、それに気付かずに毎晩、素振りを繰り返しているような状況です。

もちろん、製造業は日本の宝です。生産性も高く品質も素晴らしいですが、GDPに占めるウェイトは2割で、雇用に至っては16%に過ぎません。「世界に誇る日本のモノづくり」という価値観や、製造業依存の構造から抜け出して新しい産業を生み出す以外に、日本が成長する道はありません。

―では、日本経済や企業を成長させるために、働く人ひとりひとりができることは何でしょうか。

「人・本・旅」で学び、低学歴社会の構造から脱することです。同じ会社で長時間働き続けていて、賢くなれるはずがありません。たくさんの人に会ったり、本を読んだり、いろいろなところに行ったりして学ぶ中で、アイデアが生まれるのです。年間2000時間もの長時間労働では、そんな時間はありません。長時間労働を強いる社会構造への危機感から、政府もついに、残業時間の上限規制を始めたわけです。

そして副業の解禁も、「人・本・旅」を促す施策のひとつです。土日やプライベートの時間に別の仕事をして、いつもと違う人に会い、違う本を読み、違う場所に行くことで勉強ができます。そこで学んだことが個人の成長を生み、本業で成果を出すことにもつながるのです。そして、ひとりひとりのスキルアップが、会社の成長、そして日本社会の競争力向上を実現します。

長時間労働の習慣はマネジメント層に原因がある
必要なのは管理者層の意識改革

―「人・本・旅」ができないような長時間労働が日本に根付いてしまったのはなぜでしょうか。

これまで長時間労働が是正されなかったのは、マネジメント層に問題があると感じています。たとえば、ふたつお店があって、片方のお店は残業ばかりで、売上は1%しか伸びていない。もう片方のお店は残業はなしで、売上は2%伸びている。この差はどこから生まれるのかというと、経営者のマネジメント力です。

これは実際、日本経済に起きていることです。平成の30年間で、日本の正社員の労働時間は2000時間のままで、その間の成長率は1%前後。同じ期間にヨーロッパは、1300~1500の年間労働時間で2%成長しています。日本の経営層の力不足が、この状況を生んでいるのです。残業を是とする根拠なき精神論や、自身の成功体験に基づく古い価値観を押し付けるマネジメント層が、日本にはびこっているのです。

―日本社会が長時間労働をやめるために、もっとも必要なものは何だととらえていますか?

長時間労働を是正するためにもっとも必要なのは、管理者教育です。管理層が自ら率先して、無駄な仕事をやめて合理的に働き、いろんな人に会い、本を読み、伸びている企業や流行っている場所に行って刺激を受けるべきです。すると従業員の間でも、早く帰る、「人・本・旅」を実践する習慣が根付いていくのです。

中小企業のほうが働き方改革を加速できる
積極的なテクノロジーの活用を

―働き方改革や労働時間の削減はすぐに取り組むのは難しいと、先送りにしている中小企業も少なくありません。実際に、中小企業にとって難しい課題なのでしょうか?

働き方改革は大企業だけのものと思っている方もいるかもしれませんが、それは違います。実は、中小企業のほうがスピーディに変革を実践できるのです。中小企業のほうが、新しいことにチャレンジしやすい。それに、トップが必要性を認識すれば、あっという間に会社は変わります。

たとえば、赤ちゃん連れの出勤を許可するなど、新しい取り組みを進めているのはすべて中小企業です。副業も、届ける必要すらないという企業も増えていますよね。女性活用、ダイバーシティ、早く帰って勉強する。それを実践する中小企業が、どんどん伸びています。

―中小企業が働き方改革を成功させるために、まずやるべきことは何でしょうか。

テクノロジーや外部のサービスを積極的に活用することです。中小企業のもうひとつの強みは、新しいツールやアウトソーシングの導入がスムーズだということです。大企業は何でも自社でできると思い込んでいてアウトソーシングを活用しない傾向があるため、大きく生産性が上がりにくい。一方、中小企業は、フットワーク軽くアウトソーシングなどを取り入れることができます。

クラウドサービスなどの最新ツールも有効に使うべきです。インターネットがそうであったように、テクノロジーは弱者の見方です。利便性を提供することで、資金や情報を持たない弱者の障壁を取り払い、一歩を踏み出す手助けをしてくれます。

―生産性を上げるために、働く人ひとりひとりができることは何でしょうか?

生産性を上げるために必要なのは、やはり、ふだんの仕事以外に目を向けることです。便利なツールがあることを知らなければ、活用することもできません。「メシ・風呂・寝る」では、改善方法にすら気付けない。だからこそ、勉強が大事なのです。ゼロから学ぶのが難しければ、成功している企業を見に行ってマネをすればいい。赤ちゃんを連れて出社して本当に仕事ができるの?と思ったら、実際に見に行けばいいのです。働き方のトレンドを知るためにも、早く「メシ・風呂・寝る」の生活をやめて、「人・本・旅」の生活に切り替えるべきです。

もうひとつ、働く人ひとりひとり、特に管理者層に必要なのは、元気で明るくニコニコと笑っていること。人間は、叱ったら成長しないというのが、最近の心理学の研究結果です。不機嫌で叱るばかりでは部下が委縮するのは当然です。グローバル企業では、いつも元気で明るい顔ができない人間は、管理職になることができません。日本企業では、それすらできていないマネジメント層も多いですから、間違いに気付くためにも、外に目を向けることが大切なのです。

プロフィール

立命館アジア太平洋大学(APU)学長
出口治明

1948年、三重県美杉村(現・津市)生まれ。京都大学法学部(専攻:憲法)を卒業。1972年、日本生命保険相互会社に入社、ロンドン現地法人社長、国際業務部長などを歴任。2008年、ライフネット生命保険株式会社を開業、代表取締役社長に就任。2012年、上場。2017年、同社を退任。2018年1月、立命館アジア太平洋大学(APU)学長に就任(現在に至る)。

主な著書(単著)『全世界史(上・下)』(新潮出版)『人類5000年史(Ⅰ・Ⅱ)』(ちくま新書)『0から学ぶ「日本史」講義』(文藝春秋)『生命保険入門(新版)』(岩波書店)『「任せ方」の教科書』(角川書店)『知的生産術』(日本実業出版社)『哲学と宗教全史』(ダイヤモンド社)、その他多数。

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