日本経済のトレンドと働き方改革「女性の活躍のために」/伊藤元重氏

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制度の補完性という視点

医科大学の入試で女子学生の点数にハンディがつけられていたというニュースに驚いた人は多いだろう。なんとなく分かっていたという人もいるようだが、この話を友人のアメリカ人などにすると、日本はまだそんなに遅れているのかと、驚きの表情を浮かべられてしまった。

女性にもっと活躍してもらいたいというのは、安倍内閣の当初から重要視されていた政策課題であったし、海外からの期待も大きかった。外国の投資家とのミーティングでは、日本の女性活躍の拡大は本当に進むのかと何人もの人から質問を受けた。政策でも、女性の活躍のための様々な方策が取られた。

まず、保育園の数を増やす努力が行われた。残念ながら保育園への需要の増大のスピードの方が速いので、まだ待機児童問題は解消されていない。それでも保育施設が大幅に増えていることは確かだ。また、公務員などの分野で女性の採用の拡大が進んでいる。かつては少人数しか採用しなかった霞が関の上級職でも、女性の採用が目立って増えている。

しかし、女性の活躍の推進はまだまだという感じがする。大手企業の役員は大半が男性である。国会議員の中の女性の割合でも、日本は主要国の中で際立って低い状況だ。そういった状況の中、東京医科大学の入試問題が起きた。女性の活躍を阻む構造には根深いものがあると改めて感じた人も多かっただろう。

女性の活躍に限らず、働き方改革の問題一般に共通する難しさは、それが単なる労働市場や職場の問題だけではないからだ。家族の生活が関わり、人々の人生が関わっているのだ。だから、職場の改革だけではうまくいかない。家族の姿やそれについての考え方にまで踏み込んだ議論が必要だ。働き方の改革だけではなく、働かない時の時間の過ごし方の改革も必要となる。

経済学の世界では、これを制度的補完性の問題という。社会のいろいろな仕組みは相互に補完的な形で構成されており、その一部だけを是正しようとしてもうまくいかないことが多い。女性の活躍の問題を例に挙げれば、職場での対応はもちろんだが、育児のサポート、大学までの教育の在り方、専業主婦にだけ有利と言われる税制、夫をはじめとする家族の家事への参加など、様々な要素が変化への障害となっている。

女性がもっと職場で活躍したいと思っても、夫の家事参加が少なかったり、あるいは子供を預ける保育園が見つからなければ、活躍することは難しい。将来医者になって世の中に貢献したいと考えている女性が多くいても、入試に不利に扱われているようでは、これも前進は期待薄だ。

女性の活躍を促進するためには、職場だけでなく、家庭の在り方、教育の慣行、育児や介護などを支援する社会的インフラなど、様々なものの改革を同時に進めていかなくてはいけない。そして何よりも、女性の活躍の重要性について、多くの国民の考え方を見直していく必要がある。


変化は少しずつ起きている

これでは永遠に女性の活躍を促進することは期待できない。そう悲観的になる読者もいるだろう。ただ、足元で変化は少しずつ起きている。時間はかかるが、より好ましい方向に向かっていることも確かだ。大切なことは、社会も企業も政府も、そして何よりも家族が、必要な改革をさらに進めていくことだろう。

女性の職場での活躍が限定されているということで、昔からよく指摘されている事実が二つある。一つはMカーブと呼ばれるものだ。学校を出た直後は多くの女性が職につく。ただ、結婚や出産の時に専業主婦になる女性が非常に多い。子育てが一段落して仕事に戻ろうとするが、元の仕事に戻れずにパートやアルバイトの仕事をする女性が多かったのだ。若いときと中年以降の労働参加率が高いふたこぶ型なのでMカーブと呼ばれる。しかし、このMカーブは近年になって崩れている。結婚や出産でも仕事を続ける人が増えたのだ。もちろん、育児休暇の制度が充実した企業が増えたことの影響も大きい。

日本の女性の活躍が限られていることでよく引き合いに出されたもう一つの事実は、日本の女性の労働参加率が他の先進国に比べて非常に低かったということだ。労働参加率とは、全人口の中に占める仕事をしている人の割合だ。これにも近年変化が出ている。日本の女性の労働参加率が上昇を続け、ついに米国よりも高くなったということだ。米国と比べることに特に深い意味はないが、少なくとも他の先進国に比べて著しく低いということは言えなくなった。

現場で苦労している女性の方々からは、この程度の進展では困る、と言われるかもしれない。その通りだ。ただ、制度的な補完性の下では、こうした小さな前進を積み上げていくしかないのだ。そのためにも、政府は女性の活躍を促進するという政策の旗を降ろしてはいけない。

女性の活躍を促進することは、社会にとっていろいろな意義がある。何よりも、女性自身がより多くの活躍の場が持てることが重要である。それに加えて、人口減少で労働力が不足する日本にとって女性は貴重な戦力である。男性とは違った感性を持った女性が職場に参加することで、より多様性に富んだ職場に変えていくことができるだろう。

そして何より重要なことは、働き方改革とは、最終的には生き方の改革であるということだ。女性の活躍の促進を通じて、育児、家族、そして人生の生きがいについての議論が進み、より多くの人が自分の生活を見直す機会が増えることを期待したい。

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著者プロフィール

伊藤元重(いとう もとしげ)

現職
東京大学 名誉教授
学習院大学 国際社会科学部 教授

税制調査会委員、復興推進委員会委員長、経済財政諮問会議議員、社会保障制度改革推進会議委員、公正取引委員会独占禁止懇話会会長などの要職を務める。
著書に、『入門経済学』(日本評論社、1版1988年、2版2001年、3版2009年、4版2015年)、『ゼミナール国際経済入門』(日本経済新聞出版社、1版1989年、2版1996年、3版2005年)、『ビジネス・エコノミクス』(日本経済新聞出版社、2004年)、『ゼミナール現代経済入門』(日本経済新聞出版社、2011年)など多数。

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